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保育士 求人のエンターテイメント性

この点でとくに注目に値するのは、「壁のない学校」を含むマグネットスクールである。
というのも、継続学校は主としてドロップアウトした生徒を対象にした学校であるから、その性格・社会的意義は明瞭であると考えられるが、マグネットスクールは、日本では英才教育を目的にした学校として理解される場合が少なくないからである。
確かに、たとえばフィラデルフィア市の全米で二番目に古いセントラルハイスクールのように、市内全域から生徒を集めることが認められているエリート校も、マグネットスクールの名で呼ばれるが、1970年代後半から80年代にかけて急増したマグネットスクールの多くは、人種統合策の一環として設立されたものである。
アメリカの大都市中心部では、1950年代後半以降、白人を中心とする上・中流階層が郊外に移り住む、いわゆる「ホワイトフライト」が起こり、その結果、都心部にはマイノリティと貧困層が集中するようになり、学校の人種構成が極端にかたよるようになった。
そこで、60年代後半から70年代前半にかけて人種統合策の一環として連邦政府の主導により、多くの地域で都心部の学校の人種構成を適正化し人種統合を促進するために、白人の子どもをマイノリティの多い居住区の学校に通わせ、逆にマイノリティの子どもを白人の多い居住区の学校に通わせるという、強制バス通学が導入された。
しかし、この強制的人種統合策は多くの学校で混乱や抗争を引き起こすことになった。
そこで登場したのが、自発的人種統合策としてのマグネットスクールである。
マグネットスクールは、カリキュラム上の工夫に加えて、高校で大学の単位に換算される授業を受講できるAPPを提供するなど魅力のある学校にして、文字どおり磁石のように学習意欲のある子どもを広く集め、人種統合を促そうとしたものである。
シカゴの学校独立運営制、イーストハーレムの学校選択制、チャータースクールしかし、以上のような学校選択制では。
選ばれた特定の学校はよくなっても、他の大多数の学校が改善されるという保証はない。
それどころか、一部の学校が教育熱心な家庭の子どもや学習意欲のある生徒を集中的に集める分、他の学校はこれまで以上に難しい状況に追い込まれることにもなりかねない。
また、公立学校による教育の独占や、画一的で子どものニーズに適切に対応してくれない公立学校のあり方に対する親たちの不満を必ずしも解消してくれない。
さらには、子どもの教育や生活にまったく無関心な親の多い地域、親自身が問題を抱えているような家庭の多い地域では、そうした制度か荒廃した学校の現状を変える力になることはありえない。
かくして1980年代後半以降、具体的な背景や目的は地域によってさまざまだが、地域のなかの学校を改革・改善するためのプランが注目されることになった。
シカゴの学校独立運営制、ニューヨーク市イーストハーレムの第四学区における学校選択制、そして、90年代になって急速に広まってきたチャータースクールがその代表的なものである。
いずれもきわめて重要な示唆に富む事例ないし制度であるか、ここで詳述するゆとりはない。
シカゴの学校独立運営制は1988年制定の学校改革法に基づくもので、有権者によって選出された親六人、地域住民二人、教師二人、校長、学生一人(高校の場合)からなる地区学校評議会(LSC)が、校長を四年契約で選任し、学校予算の編成を決定・承認し、学校改善計画を策定・承認する。
校長は教師を自分の裁量で採用し、LSCの承認の下、学校を運営し、教職員は、校長のリーダーシップのもと、教育の改善に努める。
しかも、向こう五年以内に、シカゴ市内の公立学校生徒の成績・出席率・卒業率を全国平均にまで高めることが要求されている。
それは、市教育委員会の権限を大幅に学校現場に委譲し、父母参加による学校運営を行うことにより、教育官僚制の弊害を排除し、学校の改善をはかるというものである。
これはきわめてラディカルな学校改革の試みであるが、M・ガッツも指摘するように(「歴史としてのシカゴ学校改革」)、教師の専門性と教育の民主的統制との均衡をどのように成功裡に達成することができるか、改革運動としてのエネルギーをどこまで維持できるか、人種や階層などによって引き裂かれてきたアメリカ都市部の錯綜した利害状況をどのように調整することができるか、といった点で、その展望はけっして明るいものではない。
イーストハーレム第四学区の学校改革は、学区内の中学校を、約50人から200人の生徒によって構成される24のミニスクールに分割し、それぞれ独自の教育理念のもとに教職員が教育プログラムを開発・実行し、子どもをどのミニスクールに通わせるかは父母が選ぶというものである。
各ミニスクールは、発案者となった教師(ディレクター)を中心に独自のカリキュラムを編成・実践するという点で、カリキュラム中心のオルタナティブスクールに相当する。
また、複数のミニスクールが一つの建物を共用しているという点で、学校内学校でもある。
このイーストハーレムの学校改革は、シカゴ学校改革とは違って、1974年に始まり、徐々にひろまり、1982年に学区内すべての中学校で通学区の指定を撤廃し、学校選択制に移行した。
したがって、すでに相当の成果をあげており、80年代以降、選択制の学校の成功例としてしばしば言及されている。
それは、学校改善にとって何か重要かという点でさまざまの示唆を提示しているが。
次の二点は確認しておくべきであろう。
第一は、社会保障受給率が35%を超え、単親家族の割合も過半数に達している、マンハッタン地区でももっとも貧しい地域での学校再建・コミュニティ再建の試みだということである。
第二は、小規模なミニスクールが集まる学校内学校の形態をとっており、学校を家族的な雰囲気をもつ場、子どもたちがそこに自分の居場所を見いだすことのできる場にするということか重視されていることである。
競争的な近代産業社会において家庭が人々の“避難所”“憩いの場”として位置づけられてきたように、アメリカの大都市中心部の殺伐とした環境のなかで学校がそのような場となりうるように工夫されたということである。
この二点は、イーストハーレム第四学区の試みを学校再生の成功例として参照するとき、見落とすべきでない重要な特質である。
チャータースクールは、生徒の学力向上に関して、市教育委貝会ないし州教育委員会との間に契約書簡を交わし、学校設置の認可を得て設立・運営される選択制の公立学校である。
教師、親、コミュニティ成員の誰でも認可を受ければ設立できるというもので、1991年にミネソタ州が最初に法律を制定して以来、1996年までの5年間に25の州でなんらかのチャーター法が制定され、学校数も約300校に達している。
この学校は、官僚制化した硬直的な教育委員会による学校教育の独占的統制を排除し、公立学校を効率的でアカウンタブルなものにすることを目的に構想・導入されたもので、次の四つの理念を中核に組織される学校である。
親や子どもに公立学校の選択の自由を認める、教師や親に自分たちが納得のできる学校を創る企業家的機会を提供する、標準学力テスト等で測定される学力の向上に関して明確な責任を負う、公教育に周到に計画された競争原理を導入する。

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